はじめに
企業の労務管理にとって、職場内でのメンタルヘルス不調者への対応は避けては通れない重要な課題となっています。
不調者が発生した場合、対応する会社側は多大なエネルギーをかけることを余儀なくされ、企業に与える様々なインパクトが非常に大きいものとなっていることから労務管理の重要課題の一つとして取り上げられています。
労務管理の観点から言えば、メンタルヘルス問題が起こる前の予防対策や、問題が発生した際のルール作りなどしかるべき対応を行える体制づくりが求められています。
社労士の果たすべき役割と企業のとるべき対策
メンタルヘルス不調者が発生した場合に企業に対して関与する専門家として考えられるのが、産業医、社会保険労務士(社労士)そして弁護士です。不調者対応に関し、それぞれ果たすべき役割として想定されることは次の通りです。
企業は、転ばぬ先の杖として、メンタルヘルスの問題が起こる前の従業員向けの予防対策、また、何か問題が発生した際の社内規定・ルールの整備を行い、会社としての対応策・体制づくりを事前に行っておく必要があります。そのための支援を行う役割が社労士といっていいのではないでしょうか。
では、具体的にどのようなことに気を付けて、こうしたルール整備、体制作りなどを行っていけばよいのでしょうか。
社労士の観点から見た企業のとるべき対策の全体像
企業の労務管理とそれを支援する社労士の立場から見て、企業がメンタルヘルス不調者対応としてとっておくべき対策の全体像は次の通りです。
このあとは、これらの対策についてそれぞれ説明していきます。
最低限の法定項目の確認
まずは、最低限の法定項目を確認していくところから始めてみましょう。
① 産業医の選任、衛生委員会の適正運営など
従業員規模に応じた衛生管理体制をしっかりと整えることが重要です。
常時50人以上の従業員を使用する事業場には産業医や衛生管理者を選任すること、衛生委員会を設置することなどが義務付けられています。
社内の衛生管理体制が整備されているか?衛生委員会などがきちんと組織され運用されているか?などを確認しておくことが求められます。また、常時10人以上の従業員を使用する事業場も、衛生推進者の選任をはじめとする体制・組織づくりが必要です。
② 健康診断の適正な実施
法令で求められる健康診断の定期的な実施は事業主に課せられた義務となりますので、しっかり対応していきましょう。
通常は、1年に1回の健康診断の実施が必要です。深夜業が発生する業務に従事する従業員については、6か月に1回の健康診断の実施が必要となりますが、実施が漏れているケースも見受けられますので注意が必要です。
万が一、これらの健康診断が適正に実施されていないとなると、従業員の健康管理を適正に行っていないとして、労働基準監督署などの機関から指導を受け是正を求められるだけでなく、メンタルヘルス不調者など従業員の健康管理に関して問題が発生した場合に、企業が健康管理を怠っていたとみなされ責任を問われる可能性もあります。健康診断に関しても社内の実施状況を確認して、必要に応じて改善を図っていきましょう。
③ 長時間労働者への適切な対応
長時間労働者への対応も適切に行っていく必要があります。
万が一、月80時間以上の時間外・休日労働が発生した場合には、確実に医師による面接指導の取り組み、働きかけを行うことが求められます。
長時間労働者はメンタルヘルス不調者の予備軍の一つと言っても過言ではありません。会社として、時間外・休日労働をはじめとする労働時間の状況をきちんと把握し、労働時間の状況に応じ医師による面接指導の働きかけを行うなど必要な措置を適切に実施する必要があります。
社内規定・ルール整備
会社のとるべき対策として、次に重要になるのが社内規定・ルールの整備です。就業規則をはじめとする社内の人事労務関連の規程に下記のような定めを盛り込み、運用することが求められます。
① 会社による日常的な健康管理の規定
会社による日常的な健康管理の規定を設けることで、従業員の健康管理上で問題が起こった際の社内の基本方針を示すことができます。まずは、健康管理のために必要と認めた場合、医師の診断書の提出または会社の指定する医師による診察の受診、面談等を命ずるといった内容で、これについては、正当な理由なく拒むことができない旨も規定に盛り込むことが望ましいでしょう。
また、欠勤が続いた場合には診断書を提出してもらうことや、ストレスチェック実施後、本人の申出があれば医師による面接指導を実施することができるといった流れをルール化することが重要です。
② メンタルヘルス不調をはじめとする私傷病による休職、復職の規定
会社が日常的な健康管理を行っていたとしても、実際にメンタルヘルス不調者が発生する可能性があります。不調者が発生した場合を想定し、適切に対処してトラブルを減らすためにも、事前に休職制度を設計することも重要となります。
内容としては、休職制度が適用される対象者は誰なのか、また、休職事由、休職できる期間や、欠勤の間に中断がある場合の日数の計算方法など詳細まで検討を行って実務的な判断基準をはっきりさせておくことが重要です。
次に、メンタルヘルス不調者が休職する際のルール、休職期間が満了する際の復職・退職のルールの整備が必要となります。
復職については、「病気が治り回復したので戻りたい」という本人の意思をそのまま受け取って復職させるのではなく、休職事由が消滅した(治癒した)という判断を会社が主体的に行って初めて実現します。この場合、「復職を申し出る際は医師の診断書を提出しなければならない」ということや、治癒の状態について「従来の業務を健康時と同様に遂行できる程度の健康状態に回復すること」である旨を就業規則で明確化することが重要です。
さらには、復職できるかどうかを判断するにあたっては、会社が主治医に対する面談、事情聴取を求めた場合の従業員の協力義務や、会社が指定する医師による検診の受診義務なども設けて、復職の際の判断材料を入手する手段を確保することも検討しておきたいところです。
また、復職した場合でもその後の状況によっては再発などする可能性を考えて、復職後一定期間内に同一または類似の事由により欠勤や通常の労務提供ができない状態に至った場合は復職を取り消して再休職を命じること、その場合の休職期間はこれまで取得した休職期間の残存期間とすることなども明文化しておくことが求められます。
一方で、休職事由が消滅していない(休職事由としての私傷病が治癒していない)と会社が判断した場合には退職となる(解雇ではない)という規定も重要です。「休職期間満了時に休職事由が消滅していない場合には退職になる」という旨を就業規則に明記し不調者と会社の双方が確認しておくことで、トラブルの防止につなげることができます。
③ 職場復帰時・復帰後を想定して企業が実施しておくべき事項
さらに、従業員が休職から職場復帰することを想定して、復職後のルールを策定しておくことも重要です。
復職者の職場復帰に向けた具体的な取り組みとしては、企業としてのルールを定めた職場復帰支援プログラムや復職者の個別状況を踏まえた職場復帰支援プランを策定することです。これにより、本人に安心感をもってもらうとともに、支援内容と復帰状況を主治医や産業医などと逐次共有することで、スムーズな職場復帰の実現に役立てることができます。
最後に
職場におけるメンタルヘルス不調者に対する対応のポイントを改めて確認したいと思います。各社におけるメンタルヘルスの課題にお役立ていただくとともに、もしご不明点やお悩みなどあれば、お気軽にFECCまでご相談ください。
- 法令で定められている必要な実施項目を確認し、自社が対応できているかを今一度確認しましょう
- メンタルヘルス不調者の発生を想定して社内規定、ルールの整備をすることにより、トラブルの未然防止リスクの低減に役立てましょう
- 従業員のメンタルヘルス対策、健康管理については、労務管理の重要課題として位置付け企業をあげて実施に取り組んでいきましょう
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